「間取り」は人生、「間取り図」は生活そのもの。

先頃、水戸芸術館現代美術センターの 高校生ウィークで行った
「間取り部」の1dayミーティングのこと。

「間取り図」好きが集まって、初対面にもかかわらず しゃべりまくった
なんとも濃い時間でした。
間取りに夢中になるのは 何故なのでしょうか?

「間取り図」から読み取れものは、絵画と同じように 人によって違いました。
そして、まさにその違いが当人の性質なのだと
対話型美術鑑賞法を実践している時と同じような考えに至ります。

家具や室内装飾が描かれている「間取り図」は
あたかも写実絵画のように、観る人に 住人の好みや性格や経済活動を説明します。
そこに住む(あるいは住まいたい)家族の日常会話まで聞こえてきそうです。
一方、内装を書き加えていない 純粋な間取り図は、一種の記号と言えます。
間取り図全体の規模から、その家の社会的立場や経済面を推し量ることが出来ますが、
さらに、間取りに沿って間取り図の中を歩き始める人が
いわゆる「間取り」好きなのです。
その記号的な「間取り図」を 改築・増築したり、内装を施したりして、住まいから
人生にいたる妄想をしている自分を意識した時、貴方はもう立派な「間取り好き」です。

(ミーティングの内容のまとめ)
・間取り図は妄想への入り口である。
・間取り図を描くことは 記憶を遡る旅のようなもの。
・夢の間取りと実現化された間取りのあいだには、人生の悲喜劇がある。
・間取りを語る事は、家族・文化・地域・歴史について考えることに繋がる。
という「間取り」の効能が浮かび上がってきました。

(「間取り」とは?)
ちょっと乱暴ですが、
「間取り好き」にとって、「間取り」は人生、「間取り図」は生活そのもの。
といえましょう。